藺牟田池は、鹿児島県薩摩川内市祁答院町藺牟田に位置する、直径約1キロメートルの火山湖です。1921年に「藺牟田池の泥炭形成植物群落」の名称で国の天然記念物に指定され、さらに2005年にはラムサール条約に基づく指定湿地として登録されるなど、貴重な自然環境を保護するための重要な措置が取られています。
藺牟田池は、舟見岳(標高498.8m)、山王岳(491m)、片城山(508.8m)、遠見ヶ城(477m)、飯盛山(432m、藺牟田富士とも呼ばれる)などの山々に囲まれた美しい自然環境の中に位置しています。特筆すべきは、池に流入する大きな川が存在せず、池水が池の東端から流出し、後川内川、樋脇川を経て川内川に至るという独特の水循環システムです。
藺牟田池は湖沼形成サイクルの晩期にあたり、堆積物によって徐々に埋まりつつあります。このプロセスは、地質学的にも興味深い現象であり、藺牟田池の将来に対する重要な視点を提供します。
藺牟田池の水は茶褐色に濁っており、その色はウーレ水色標準14番とされています。水質はpH6.8の酸性を示し、有機物を多く含んでいるため、特有の生態系が形成されています。池の北西側約3分の1は湿原になっており、泥炭の堆積物で形成された浮島が点在しています。
この浮島の形成は、温暖な地域でありながら、寒冷地に多く見られる湿原の特徴を持つ点で特異です。特に、ネビキグサ、ヨシ、フトイなどの植物が泥炭形成に寄与し、その生成過程を研究する上で重要な資料とされています。これらの理由から、藺牟田池は1921年に日本国の天然記念物に指定されました。
藺牟田池は、植物や動物の多様性に富んでいます。池畔にはヨシ、ツルヨシ、マコモが茂り、水中にはジュンサイ(蓴菜)、ヒツジグサ、ヒシなどの水草が豊富に見られます。また、魚類としてはオイカワ、キンブナ、メダカなどが生息し、近年ではブラックバスも確認されています。貝類ではドブガイが生息しており、さらにカルガモの繁殖地としても知られています。
このような生物多様性の豊かさから、藺牟田池は水草や水鳥、さらには絶滅危惧種であるベッコウトンボの重要な生息地として認識され、2005年にはラムサール条約湿地として登録されました。これにより、藺牟田池は国際的にも保護されるべき貴重な湿地として評価されています。
藺牟田池は、大正時代以前にはイグサ(藺草)の産地として知られており、毎年秋になると村人総出でイグサを刈り取る「藺取り」と呼ばれる行事が行われていました。この行事は地域の重要な生活文化の一部であり、池畔の少ない水田や畑での農業活動と密接に関連していました。
また、1953年には鹿児島県の県立自然公園に指定され、観光保養地としての開発が進められました。この開発により、藺牟田池は自然環境の保護と観光地としての利用の両立が図られることとなりました。
藺牟田池には、男竜と女竜の伝説が伝わっています。かつて池で仲良く暮らしていた男竜と女竜が、男竜が霧島山の大浪池の女神と共に暮らすようになったため、女竜が残されました。男竜の無事を祈り続けた女竜が毎晩用意した陰膳が積もり、それが飯盛山になったという言い伝えです。
また、女竜が男竜を追って大浪池へ行こうとした際、誤って途中の住吉池に出てしまったという話もあります。この伝説は、藺牟田池と周辺地域の自然景観に神秘的な魅力を与えています。現在も行われている竜神祭は、村人たちがこの伝説を元に男竜と女竜を再会させるために始めた祭りであり、地域の重要な文化行事です。
藺牟田池は、藺牟田火山の約50万-35万年前の火山活動により形成されたものです。この火山活動により、東西約4キロメートル、南北約7キロメートルにわたって溶岩ドーム群が形成され、最後に東側を塞ぐように飯盛山ができました。このようにして形成された窪地に水がたまり、藺牟田池が誕生しました。
ただし、藺牟田池の成因については、山体の崩壊によるものか、陥没地形によるものかについては未だにはっきりしていません。この点も含め、藺牟田池は地質学的に興味深い研究対象となっています。
藺牟田池は、その泥炭形成植物群落が特に評価されています。1974年の航空写真からも分かるように、この地域の植物群落は石炭の生成過程を知る上で貴重な資料となります。温暖な地域でありながら、寒冷地に多く見られる湿原の特徴を持つ藺牟田池は、学術的にも非常に価値の高い場所です。